なぜ、それでも会社は変われないのか
(柴田昌治,日本経済新聞出版,2020)
サブタイトルは『危機を突破する最強の「経営チーム」』。
ふと読んで面白い知見が書いてあった本。20年前のベストセラーの続編、というか現代版ということらしいが、前作は読んでいない。
前提
日本企業の生産性の低さの要因は「調整文化」が悪い方向に働いていること。
「組織文化の変革」「役員のチーム化」がキーワード。本書ではどう役員のチーム化を進めるかを解説している。
現代はVUCA(Volatility変動性, Uncertainty不確実性, Complexity複雑性, Ambiguity曖昧性)の時代。それに対応していくには、「調整文化」の弊害を改め「挑戦文化」を強めるよう組織の価値観や取り組み姿勢を変える必要がある。調整文化のプラス要素である日本的な共感力を活かし、その強みに根差す挑戦文化を醸成する。
ほとんどの役員は自分の持ち場、担当範囲外のことには関心を持っていない。条件を整え、役員をチーム化することで組織を強化する。
第Ⅰ部 問題解決の突破口
「経営のチームビルディング」とは、役員同士が仲良くなることではなく、オフサイトミーティング(=気楽にまじめな話をする場)等により心理的安全性を確保して、「仲の良いケンカ」を行えるようになること。
- 昭和の経営リーダー「率先垂範型」:集団主義で現在の拡大路線を推進していく際に有効
- 平成の経営リーダー「コストカッター型」:整理等の縮小均衡による財務面の健全性を重視。本当の問題ではなく、目先の合理化を重視
- 令和の経営リーダー「プロセスデザイン型」:予定調和ではなく、価値基準の軸に基づき試行錯誤していく
令和の役員の役割は2つ。
1. 部門トップとして自部門の執行責任を果たす、
2. 全社を見渡し、経営チームの一員として新たな方向に会社をリードする。
以下の状況が役員のチーム化を妨げている。
既存の役員はガードが高く、相互不可侵・不干渉の状態が普通。経営トップからは「真面目に担当業務をやっているが自分の言葉は響かない」、部下からは「自部門のことについては信頼できるが他部門との調整はしてくれない」と見られている。自身では「社長の方針は正しいが、まずは自部門の責任をしっかり果たす必要がある。社長の方針にやる姿勢を見せることはするが、他部門を巻き込むのはリスクが高い。」と考えている。
また、日々の業務も自部門の対応が中心で考えるための時間がない。他部門の役員とはお互いの立場での発言しかしないため、内心がわからない。
各役員が戦略を「腹落ち」させることでリーダーシップを発揮可能になる。
手法:役員合宿
信頼関係構築がチーム作りの基盤。何を発言しても良いという心理的安全性を確保することが準備段階として必要。
1. トップの想いを確認する。自身の考え方や葛藤、会社の方向性や課題を言語化する。
2. 役員への個別インタビュー。トップの想いをまず知り、そのうえで様々な角度から問題意識を引き出す。これがどれくらいできるかが成功のバロメータ。
3. トップと役員の現状認識をあわせる:役員インタビューの共有。マインドマップに整理。
人は腹落ちしないと動かない。感情的なギャップを個人的な信頼関係構築により埋め、論理的なギャップを議論によって埋める。
アフターフォローとして議論の場を継続する。
第Ⅱ部 問題の根本的解決法
日本企業が克服すべき三大課題は
1. 先進国としては異常に低い生産性の伸び、
2. 意思決定と実行スピードの遅さ、
3. 新しい試みの成功確率の低さ。
それらを支えるのは「挑戦文化」。
トヨタ方式では、日常業務を付加価値を高める「働き」と、原価を増やして価値を生まない「動き(=無駄)」に分け、「働き率」を高める。過剰品質、保険仕事、アリバイ仕事、必要悪等の「動き」を減らす。そのためには目的について考え、優先順位をつける。
トップダウンは悪ではないが、指示に対して問い返しをすること、上司と部下は人としては対等であることを前提としなければならない。
また、合意形成、合議で進める意思決定は遅い。
調整文化は目の前の業務の執行にしか関心を向けない思考停止状態に陥りやすい。「なぜやるか」ではなく「どうやるか」が独り歩きし、阿吽の呼吸で動いてしまう。手段は答えが見つけやすいが、目的は正解が見えづらい。
不確実性の高い環境では、目指すものがあらかじめ見えているわけではない。調整文化の企業は通常、経験にないことをきちんとした計画を持たないまま進めるためのスキームを持っていない。失敗を前提にした試行錯誤をいかに効率的に効果的に実施できるかというプロセスを効果的にデザインする力が求められている。
プロセスデザインでは「ありたい姿」を計画するが、詳細な設計図はあえて不要。失敗しながら試行錯誤する中で柔軟に修正するアプローチ。経営が作った仮説に現場のフィードバックをかけながら、一緒に目指す方向へ近づいていく展開プロセス。VUCA時代の企業価値を高めるためには、「意味」「目的」「価値」を問い続け、変化する現実や問題の絡み合う複雑な実態に基づいて現状を変化させていく。
日本人はどうやるかを考えること、それを実行する処理能力には非常に長けている。復興や経済成長期には有効。日本の教育システムに由来。
本社スタッフは予定調和を重んじる調整文化。どの企業にもそれに対して現地現物を重んじる挑戦文化が共存しているが、ビジネスモデルが安定するほど、本社の影響力が強くなり、調整文化が力を持つ。
議論には答えを出すことを目指す「収束の議論」の場と、自由に知恵を出す「発散の議論」の2種類がある。挑戦文化では考える力が重要であり、なぜを考える発散の議論が重要。
挑戦文化の価値軸は
1. めざすものを持つ(できるかどうかではなく、意味があるかを基準にする)、
2. 当事者になる、
3. 事実・実態に即す(タテマエや上司の考えを事実と混同しない)、
4. 意味・価値を大切にする、
5. 意思決定のルールを共有する(衆知を集め、担当責任者(=推進担当者。必ずしも役職者、上位者である必要はない)が決める)。
挑戦文化における思考力とは、
1. 手段の背景にある目的を見出す力、
2. 優先順位をつける力、
3. 前提を問い直す力、
4. 目の前に見えていることの全体像を捉える力。
調整文化は規範や空気のような「枠」を持つ。話し合いの場でものが言えないのはその制約に縛られるから。心理的安全性を担保するオフサイトミーティングにより、「枠」を取り払い、チームの信頼関係を構築する。
調整文化では上司の言動が現場の動きに大きく影響する。役員が無意識に発言することで、忖度や上意下達の文化により現場の仕事が増える。調整文化的な役員の在り方を見直すと組織は大きく変わる。
感想
実際にどう役員をチーム化するかについては、実話に基づく事例を示しながら詳細な記載があり、経営者のみならず、チームを作る立場、部下を持つ立場の人にも役に立ちそうな一冊。そして、調整文化については、ほぼすべての組織人に心当たりがありそうな内容でもある。
心理的安全性といえばgoogleのおかげで最近流行っている言葉だけれど、ともすれば振れ幅を大きくしすぎて単に甘い環境にもなりがちであり、なかなか簡単ではない。
本書の論旨とは少しずれるが、意思決定のスピード、トップの意思を浸透させるという意味では大企業より中小企業の方が有利だ。ただし、「経営チーム」を編成できるだけの経営人材がいないこともあり、それが規模拡大のボトルネックになることもあるように思う。
インド人の話だったか、「今の拠点は十分利益があがっているが、新しい拠点を任せられる人(=横領をしない存在=親族)がいないからこれ以上規模拡大できない」というエピソードがある。日本の一族経営の中小企業において、経営人材がいないことによってインド人と同じようなことを言う企業を見たことがあり、笑い話ではないなと思った記憶が蘇る。