企業価値向上のための経営指標大全
(大津広一,ダイヤモンド社,2022)
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2022年初に出た本で、出た当初からネットで本書の宣伝記事が出ていて面白かったから気になっていたのに、読むのは今頃(2023年10月)になってしまった本。
企業がIR上で目標に掲げる各種経営指標を、色んな企業(主に日米の上場企業)の実例をもとに解説していく内容となっている。
最近読んだ本の中でも読み物として特に面白く、面白いのは分かっていたんだからもっと早く読めばよかったと反省。
理論と実例に傾いているため、実務にすぐ活かせる人は、上場企業~非上場中堅企業の役員、経営企画部門、IR担当者と一部の専門家くらいであると思うが、そうでない人にとっても示唆に富む内容だと思う。
前提
企業経営の目標はゴーイング・コンサーン(継続企業)を前提とした経営理念の実現だ。そのゴーイング・コンサーンのためには企業価値の最大化が必要だ。いかに企業価値を高めるか、その判断基準となるのが経営指標だ。
本書では、様々な経営指標の根幹をなす最重要10指標を、実際に採用している31企業のケーススタディを交えながら解説する。また、加えて40の指標と非財務指標・ESG指標についても解説する。
第Ⅰ部 「資本コスト経営」時代の経営指標の選び方
企業価値は「将来フリー・キャッシュフロー」(以下、FCF)を現在価値に割り引いて算定される。企業価値は、企業が現在、何を持っているか(持っていないか)ではなく、将来の稼ぐ能力によってのみ評価される。
(筆者コメント:厳密にいえば、近い将来のFCFは現在の資産を活用して生み出されるので、現実的には企業が現在何を持っているかも当然無視できないと思う。ただしここでは、企業価値は、本質的には将来FCFの現在価値の総和であるというバリュエーションの基礎の話をしている)
企業価値は
- 企業が将来にわたって生み出すFCFを予想する、
- 企業への資金提供者(株主と金融債権者)が求めているリターン(=WACC)を算出する、
- 将来FCFをWACCで割り引く、
という手順で算定される。すなわち、企業価値の向上は、
- FCFを高める――そのために営業利益を高める、実効税率を下げる、利益のために適切な先行投資を行う、運転資本(売掛、在庫、買掛)を適切に管理することと、
- 資本コスト(WACC)を下げる――MM理論的には難しいが、有利子負債の節税効果を活用した最適資本構成を追求すること
で実現される。
上記の企業価値を高めるために具体的にどうするか、その判断基準として、経営指標は、誰もが理解しやすく、成否の判定がしやすく、企業が意思表明をし、かつコントロールできるという点で優れている。逆に言えば、企業が目標として経営指標を掲げる際は、企業価値向上の代替指標であるという妥当性、社内外とのコミュニケーションにおけるメッセージとしてシンプルである簡便性、企業努力で達成可能な目標水準である実現可能性を備えていなければならない。
財務指標を打ち出す経営の高まりとその背景
日本においては、第二次安倍政権初期に議論が始まり2014年8月に策定された日本版スチュワードシップコード(機関投資家の責任に関する原則)、2015年6月に施行されたコーポレートガバナンスコード(企業の意思決定の仕組みに関する規則)が車の両輪となって、質の高いコーポレートガバナンスと企業成長が期待されている。加えて、2014年8月の伊藤レポート(経産省、ROE8%で知られる)、2020年7月の事業再編実務指針(経産省)によって、投資家の立場からとらえた企業経営の必要性に目覚めた上場企業は多い。
(感想:これらの各種コードやレポートについて当時あるいは出てからしばらく経った後に、ひと通り目を通したと思うが、日本株がようやく先進国株式として信頼に足るものになるきっかけだったと思う。2023年は東証の「PBR一倍割れ是正勧告」をはじめとしたいくつかの要因により日本株好調の年で、コロナ以前から続く金融緩和による資産バブルの側面があるとはいえ、こういった政府の取り組みが、特にプライム市場を中心に実を結びつつある結果と言えると思う)
資本コストの定義
資本コストについて、実務的には3つの資本コストが同時に存在している。
- 理論が求める資本コスト:CAPMにより算定される資本コスト、減損テスト等で用いられる
- 市場が求める資本コスト:伊藤レポート等で示される投資家に対するアンケート調査が示す株主資本コスト
- 企業が目的に従って採用する資本コスト:上記2つを鑑みて企業が将来計画の意思決定のために用いる資本コスト。経営判断そのものであり、経営陣により最終決定されるべきもの
(感想:CAPMによるWACC算定は何度か手を動かしたことがあるが、実務で投資判断のハードルレートとして活用する際の妥当性についてあまり自分の中で整理がついていなかったことに気付かされた。理論について比較的簡単な記載に留まっているのが逆に良いのかもしれない)
経営指標は大きく以下の5つのカテゴリーに分類される。
5つのカテゴリーにわたる経営指標をバランスよく設定し開示することが肝要であり、本書ではこれを企業価値を創造する経営指標であるとして「EV-KPIペンタゴンモデル」と呼ぶ。実際にこうした切り口で経営指標を設定している企業に、米国の3M社があげられる。また、5つのカテゴリーのうち資本政策を除く4つを中計に掲げる企業に日立製作所があげられる。
第Ⅱ部 企業価値向上のための最重要指標10
ROE=売上高純利益率(収益性)×総資産回転率(資産効率性)×財務レバレッジというデュポンシステムによるブレークダウンが活用される。また、予想ROEが8%以下ではPBRは横ばいであり、8%を超えるとPBRが上昇するというデータがあり(2004年以降の東証一部の月次データ)、これは奇しくも過去の株式市場は伊藤レポートの示すROE8%未満の水準では企業を評価してこなかったという事実を示している。
ROEは株主のための指標であり長期的にはすべての上場企業が高めるべき指標だが、短期的にはすべての企業が目標に掲げるべき指標とは言えない。具体的には、デュポンシステムによるブレークダウンのいずれかの要素を高めることが短期的な目標とならない場合、ROEを短期的な目標にすべきではない。
また、日本では伊藤レポート以降ROEを目標に掲げる企業が多いが、欧米企業ではROEを高めることは当然という意識が根底にあるため、ROEそのものを目標に掲げる企業は少ない。
事例:MUFJグループ、エーザイ、京セラ
ROAは全資産に対して年間でどれだけの利益を計上できたかを示すため、全ての企業が意識すべき指標である。分子の利益にどの利益を用いるかは企業の思想が反映される。また、ROEのコンポーネントとしても理解可能である。一方、ROEが株主資本コストと比較可能であるのに対し、ROAと比較するコストはWACCが近いものとなるが、WACCと厳密に比較すべきはROICである。全社判断から、個別事業ごとの評価と言った事業ポートフォリオの最適化を目指す局面が、ROAからROICへスイッチするタイミングである。
ROEと同様、収益性か資産効率性のどちらかを高めることが短期目標とならない場合はROAを短期目標にすべきではない。また、その企業の競争優位の源泉がBSではなく経営陣やブランド、販売網、組織力といったBSに計上されない知的資産にある場合、ROAを打ち出す意義は小さくなる。
事例:ニトリHD、ブリヂストン、三菱地所
ROIC
コーポレートガバナンスコード以降の日本において存在感を増す指標である。有形固定資産や運転資金がある程度の規模に達する事業の場合、また複数の事業をポートフォリオに抱える場合に特に有効であり、製造業において抜群にフィットする。
ROICは管理会計に基づくため、計算式はすべて企業が独自に設定する必要がある。
事業別ROICを考える場合においては、事業別WACCは事業リスクを反映させる、事業別WACCの加重平均を全社WACCと一致させる(共有資産や遊休資産がある場合、事業別WACCを+αすることで調整する、または各部門の投下資本に配賦する)ことが重要である。
(感想:事業別WACCについては、事業部がコントロールできないという観点と簡便性の観点から、+αでの調整が配賦より圧倒的に望ましいと考える。責任者が責任を負う数字は、本人がコントロールできる範囲で設定すべきであると思う)
ROICは効率の指標であり、単体では縮小均衡に陥りやすいという欠点があるため、EV-KPIペンタゴンモデルの他の指標、特に成長指標と組み合わせる必要がある。
事例:日立製作所、丸井G、オムロン、米3M
EVA(EP)
日本では1990年代後半~2000年代前半にかけて電機業界を中心としてブームとなった指標であるが、NOPATから資本コストを差し引いた指標であり、本質的にはROICと同一である。一方、指標そのものにWACCを含むため、企業活動において浸透させることが難しい。単年度ベースで資本コストを上回るリターンを得ているかを評価する指標のため、将来を語る指標というより過去の実績を管理し評価する指標であると言える。
(感想:本書ではかつてEVAを採用して落ち込んだソニーが今ROICを採用して復活している、流行当時から継続してEVAを採用し続けている企業に花王が挙げられるとしている。しかし2023年現在、日本のEVA経営の代表格である花王も2019年12月期以降4期連続減益が続いており、今年ついにEVA経営を見直しROICを併用するという一見よくわからないニュースが出ている(本書記載の通り、EVAとROICは本質的に同じのはずだ)。花王においては、2023/12期中に600億円の費用をかけて構造改革を進める、EVAを絶対額で捉えてきたため国や商品を広げすぎており、非効率な事業や商品を削減する、というIRが出ていた記憶がある。ROIC併用については額と率、全社と部門別での扱いやすさの違いと理解した。いずれにせよ、あくまでも経営指標は道具であり、複雑であればあるほど、実際の運用や現場への具体的な落とし込みこそが重要だと思わされる)
事例:花王、米ディア&Co.、三菱商事、米3M
収益力を代表する指標でPLのみを見た指標。注意点として、成長産業では収益性より成長性が優先されるという市場のステージの問題、率の概念であることから縮小によっても達成可能で規模の概念が失われやすい問題、資本効率の概念が欠落している問題があげられる。経営の目標はROIC>WACCを達成することであり、売上高営業利益率はROICの半分の要素にすぎないが、社内外へのわかりやすさという点で、今後も継続して使われるであろう指標である。
事例:カルビー、キーエンス、ヤオコー
EBITDAマージン
EBITDAは現在保有する資産がどれだけ稼ぐかを示しており、設備投資や減価償却の大きい業界(ex.通信、不動産賃貸、鉄道、電力、航空等)や企業(装置産業、先行投資を行う企業、M&Aに積極的な企業)では営業利益率ではなくEBITDAマージンを使用することで経年評価の妥当性をより高めることができる。
EBITDAを掲げる企業は、今後も先行投資を積極的に行うことで成長戦略を持つと解釈すべきである。
また、EV(株式時価総額+純有利子負債)/EBITDAを株式市場が一定と見ている場合、株価の低迷は稼ぐ力(EBITDA)が弱いか、EBITDAに対して純有利子負債が過剰かのどちらかを示している。有利子負債や企業価値に対してEBITDAを評価することで、BSとPLを見たバランスの良い経営指標となる。
(感想:ロカベンでのEBITDA有利子負債倍率の採用や中小企業のM&A(EBITDAマルチプルをよく使う)の増加で、ここ10年くらいで上場企業に限らずより幅広く注目を浴びるようになった指標と思う。余談だが、EBITDAのことを”イービッター”と発音する人を許せないのだが(M&A業界の人に多い気がする。おそらくEBITDAだろうと思いながら念のためEBITAではないことを確認する時間が無駄だ)、本書でも著者が同じ怒り方をしていてめちゃくちゃ同意した)
事例:ソニーG、ヒューリック、リクルートHD
売上高成長率
成長を率で語る場合、1ケタ台前半の数値では対外的なアピールとして不足している。また、わかりやすい指標であるため、売上高成長利益率を目標として明言するのは経営者の確固たる自信の表れであると言える。比較対象は業界平均や市場規模や経済成長(GDP成長)等が考えられる。
短期的なFCF改善のために売上の成長は必須ではないが、長期的なFCFの成長のためには、変化に打ち勝つためのトップラインの成長が必須である。M&Aでの規模拡大の後にも、必ずオーガニックグロースがなければ持続的な企業価値の向上は起こりえない。
事例:日本ペイントHD、オーケー、ユニ・チャーム、米3M
EPS成長率
EPSの数字そのものには意味はなく、成長率を見ることではじめて他社比較や自社の経年比較の意義が生まれる。利益に関連する指標のため、本書では収益力指標としている。目指すべきは売上高成長率以上のEPS成長率であり、株主資本コスト≦EPS成長率+配当利回りが求められる。
ちなみに、実質無借金企業かつFCF≒純利益という単純化されたモデルでは、PER=1/(資本コスト-成長率)と考えることができ、成長性とPERの正の相関が示される。また、成長率0%の場合、PER=1/資本コストであり、WACC=株主資本コスト=5%ならPER20倍となる。
(感想:最後の部分は色々な前提があるとはいえ、言われれば確かにそうだけど持ってない視点だった。WACC計算の借入はネットじゃなくてグロスで見ることが多いと思うので、実質無借金ではなくて本当に無借金なケースに限られる気はする)
EPSは米国で最も重視される指標の1つであり、日米で最も温度差のある指標である。企業価値向上を続けるための経営指標として、EPSの成長は真に重要である。
事例:日本電信電話、コメダHD、武田薬品工業、米3M
FCF
FCFの最大化は企業価値の向上と完全に一致するものの、なじみのなさ、わかりにくさから直接採用しづらい指標。
景気の波があるビジネスにはなじまず、安定推移する企業になじむ指標である。単年度ではブレが大きい場合でも、複数年度の累計FCFで目標に掲げる企業は多い。
ただし、短期的なFCFの赤字を避けるために設備投資を控えるのは本末転倒である。一時的にFCFが減少しても将来FCFの現在価値が最大化できるのであれば正しい意思決定である。
短中期的な経営指標としてFCFを掲げる場合、当面大きな先行投資を行わないという宣言にもとれる。
ただし、FCFの計算式に調整を加えることで、いかなる先行投資を行う企業や一時的な支出のある企業においてもFCFを経営指標に掲げることは可能である。
事例:米アマゾン・ドットコム、アサヒGHD、米プロクター&ギャンブル、米3M
DEレシオ
DEレシオは単なる財務健全性の評価ではなく資本政策を語る経営指標である。DEレシオを下げる目標は(株主資本が増加し有利子負債が減少することから)自社がより高いリターンを生むという公約となる。ただし、実務的には、企業が最適資本構成を決定する際、社債格付けとそれによる調達余力の確保が重視される。
本指標の自己資本比率との使い分けは、財務健全性の向上を、自己資本増強による場合は自己資本比率、有利子負債の削減による場合はDEレシオでの目標設定が望ましい。いずれの指標も企業の稼ぐ力を示しておらず、有利子負債に見合う収益力や返済能力の評価とは異なることに注意が必要である。
事例:日本製鉄、イオンモール、日本板硝子、米3M
第Ⅲ部 その他の経営指標と目標達成のための仕組みづくり
役員報酬で活用される経営指標
第Ⅱ部の事例でも繰り返し登場したように、役員に対するインセンティブは株主の利益と利害と一致させる必要がある。日本でもコーポレートガバナンスコード以降、役員報酬の業績連動割合が増えているが、中長期インセンティブでもPLから算出される指標が中心である。対して米国ではTSR(株式総利回り)が圧倒的に高く、それ以外に利益指標と投資収益性指標が並ぶ。
非財務・ESG指標
日本の大企業はトヨタをはじめとしてESGにかかる中長期計画の開示に積極的である。役員報酬制度に組み込む企業もある。
米国企業においても、主に短期的インセンティブ制度で活用されている。これは、長期にわたってコミットメントすべきことが何かを定めることが難しいことを示唆している。
ESG経営を推進する先進的な経営者である仏ダノンのファーベルCEOが2021年に業績不振で解任されたように、優れたESG経営を打ち出しても業績や株価が低迷しては株主に受け入れられない。
(感想:このあたりのテーマを主題にした本が積読にあるので、そちらは旬をすぎないうちに読みたい)
目標達成のためのポイント
- 正しい経営戦略、競争優位性のある製品・サービスとそれに整合した経営指標
- 経営者の目標達成に向けたコミットメントとリーダーシップ
- 現場レベルへの権限委譲と責任の明確化
- 納得感の得られるレベルでの報酬との結び付け
- 予実管理と社内外への継続的開示
感想
個別事例については紹介されている企業名しか記載しなかったが、この本の神髄は事例の解説にあると思うので、興味を持ったら是非本書を手に取って読んでみてほしい(加えて自分用のまとめでもあるので、バリュエーションに関わる理論や一般的な指標の計算方法については記載しなかったが、本書内ではもちろんもっと丁寧に説明されている)。
また、幅広い経営指標にアプローチしているので、読んでいた中でも新しい発見や着想がいくつか得られた。
中小企業の情報開示
私の場合はどちらかというと大企業より中小企業の方が専門なので、中小企業の話を考える。東証グロース上場企業にせよ非上場企業にせよ、対外的に示す内容としてはそもそも何をやっていてどんなビジネスモデル・商流で他社とどう差別化しているのかが大事で、その強みであったりビジネスモデルの説明の裏付けが財務諸表でありそこから計算される財務指標であると認識している。大企業と比較した場合に(特に非上場の場合)財務諸表の信頼性は低いが、それでも財務諸表からその企業に関する仮説を立てるし、企業による定性的な説明の多くは財務諸表にも数字で表れていると考えるのが妥当だろう。
対外的な経営指標開示について、非上場企業の場合、外部評価は主に銀行と信用調査会社(実際はその先にいる取引先)によってなされる。あとはせいぜい企業によって取引先大手企業やVC等の出資者に開示するくらいだろう。その場合に要求される経営指標は成長性や投資収益率は必ずしも重視されず、企業の継続性、すなわち収益力と債務のバランスである債務償還能力が中心となろう(ただし、VC等の株主は全く違うものを要求する)。
最適資本構成
非上場企業においても、最適資本構成については上場企業と同様に、有利子負債の調達余力や低金利が確保される外部評価を得られる範囲内で負債を増やすことになると思う(ただし、ディープテックや製薬などで厚い自己資本が求められるように、業種特性には十分注意すべきである)。有望な投資先がない場合、オーナー企業であれば実質的な株主還元として役員報酬等で払い出されるであろうし、あるいは還元を要求する株主が存在しなければ次の投資機会に備えて余裕資金としてBSに残ることになる。
蛇足だが、声を上げる株主の少なかった昭和~平成中頃までは上場企業でもそういった企業は多かったし、今現在でも、東証スタンダードにはそのような企業が少なくない数存在するように思われる。オーナー一族の持ち株比率が50%超で、そのオーナーに株価を上げ配当を増やす意思がない場合、割とどうしようもない。
経営指標の採用の難しさ
最後に、本書でも随所で触れられているが、現場への落とし込みが難しい指標の採用の難しさについては悩まされる。
定量的なものを軽視する姿勢はそもそも論外だが、定量的に把握できるもののために根元的な価値を生んでいる定量的に把握できない、あるいは把握しづらいものが失われてはならない。そのためには抜け落ちる情報があることに注意しながらも、代替指標の活用を含めてなるべく定量的に把握すべきであると思うし、本書の冒頭でも似た指摘があった。
企業規模が大きければ大きいほど経営理念を含めた経営陣の考え方や経営目標の現場への落とし込みが難しく、その一方で組織全体を機能させようとするとそれをどう組織として継続的、自律的に果たすかが重要になってくる。規模が小さければ小さいほど経営者の言葉は組織の末端まで届きやすく、また経営者の資質や能力への依存度が高くなる。極端な例がほぼ家族だけで運営している企業で、この場合企業業績はほぼ経営者自身の熱意、営業力、交渉力、計数管理能力、魅力といった個別の資質や能力に依存する。
そう考えると、本書の事例としても出てくるオムロンのROIC経営に関する有名な取り組みは、(実態を関係者に聞いたことがないので正確なことはわからないが)難しい指標をどう現場に落とし込むかのヒントになると改めて思わされる。
経営指標そのものは経営理念を達成するための手段にすぎないが、理念にせよ指標にせよ経営陣の語る言葉は現場の言葉と繋がっていなければならないし、組織の規模の大小にかかわらずそのためのコミュニケーションを怠ってはならない。